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天若湖、ダムに明かりをともす
キョートット出版

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キョートットの本

天若湖アートプロジェクト・あかりがつなぐ記憶(京都府南丹市日吉ダム)に行ってきました。
夏の一夜、ダムの湖面に、かつてあった家の上に、明かりをともしていくというプロジェクトです。

春に、アートプランまぜまぜの佐藤さんと下村さんにこのイベントの話を聞いたとき、素敵というかすごいプロジェクトだな、と思いました。
想像はしてみるのですが、実際そこにいってどんな感じを受けるか、予想がつかない感じもします。絶対行ってみようと思っていました。

天若湖とは日吉ダムの別名です。かつてそこに天若という村があり、上世木、楽河、沢田、世木林、宮、という集落があったのです。二十数年の反対運動の末、20年前に離村式、10年前にダムが完成したとのことです。

日吉駅から、山間を歩いたりすると、スプリング日吉が見えてきました。

ここで明るいうちにイベントがあると聞いていたので、小さい集会所のようなものを想像していたのですが、そうではなく、立派な大きな建物でした。
プールがあり、温泉があり、体育館があり、ショップがあり、下に川が流れ、向こうにダムの壁がそびえています。急にいままでと空気が変わってしまった感じがします。ダムが出来るとは、こういうことか、といやでも感じさせます。

展覧会を見たあと、川岸でのライブに行きました。
とんぼが飛び交う中のゆるいライブ、湖底に沈んだ集落の小学校のオルガンで演奏されていたという曲などもあります。なになにさんという水没者におそわったといいます。「水没者」という言葉にびくっとしました。
ゆるいライブなのですが、みんなどこか、夜が近づいていくのを気にしている感じがします。

夕焼けがあり、薄暗くなってきました。
いよいよダムをツアーしてくれるバスに乗り込みます。
元住人のおじいさんおばあさんとも一緒です、どんなとこに連れっていってくれるのだろう。乗客たちとの一体感もあり、なんだかスペースシャトルに乗り込んだようなかんじ。興奮してきます。

第一地点でバスを降り、ぞろぞろ下っていく、湖にかかる橋まで来くると、視界が開ける。まだ薄明かりが残っていて、山並みなどがわかる中、湖面にはポツポツと光が連なっていた。

弱い光だとしても、光というものの力を感じました。
光っているということ(そこに家があった)
発するということ。

姉妹のようなおばあさんたちが語り出す、あそこが幼稚園で、そこに吊り橋があって、、、
横から話を聞いているうちに、光に沿って、かつてこう川が流れていたんだ、ということが見えてきた。村の人にはおそらく二重写しのように見えているだろう、光とかつての村の様子、それが伝わってくるように思えた。

クルマで見に来る人も多く、あらっっと村の人が久しぶりに出会ったりもしている。

今年からいけるようになったという第二地点、バスから降りると、ろうそくの行灯が続いており、湖面そばの広場まで行けるようになっている。たくさんの人がこのイベントを支えているという事を感じた。ダムの管理者の人たちも来ていて、明かりの設置等、いろいろ手伝っているとのことだった。

下まで行くとそこは、ダムが(川が)がU字型に曲がっているところで、左に世木林と右に沢田と二つの集落が見える。上から眺めているのとは違って、光と同じ高さにいるせいか、なんだか幻想的で船にのってたゆたっているような感じがした。

ドライブできている人も多そうだったし、湖畔のいろいろなところから三脚にごっついカメラを載せて撮影している人たちもいた。このイベントは今年で5年目で、たいぶ夏の風物詩っぽくなってきているという。
夕涼みをかねて美しい光景を見にくるのが目的だとしても、あの明かりの下にはかつて家があったという事を知るだけで、伝わっていくことはあると思う。

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comments
  1. cheerme Says:

    昨年、白川郷に行ってきました。
    近くにダム湖があって、ダムの底には、白川郷と同じような家々の集落があったと知りました。
    びっくりして、もっとそのことを知りたくなりました。
    天若湖みたいに、記憶を薄れさせないイベントがあればいいのになあ。

  2. 小川恭平 Says:

    cheerme さん、
    かつての天若村については、素晴らしい写真集が出版されています。

    新保隆久「追憶の郷里―水没離散の天若村」

    二十数年という長い反対運動の期間、行政は新しく道など整備しないし、住民もやはり家を新築などできないので、そこは古いものがそのまま残る空間だったといいます。

    最近、ダム問題は環境問題や公共事業の問題として語られることが多いように思います。
    しかしそれだけではなく、ダムはそこに住む人や生活、文化を壊して、その上につくられるのだということを忘れてはいけないと感じました。
    またダムは、下流域の街の人たちはその水を飲んだりするわけです。
    上流域と下流域の人をつなげるプロジェクトにしたいという気持ちもあるようです。

    実行委員会の下村さんが、離村はさせられたけど、そのあと、環境問題や予算の問題その他で、ダムが中止になるケースも出てきている、そのときの村の人たちの気持ちはどんななのだろう、と言っていました。

    最近読んだこの本もよかったです。

    文・菅聖子、写真・大西暢夫「山里にダムがくる」

  3. 小川恭平 Says:

    山里にダムがくる、
    この本で最初に取り上げられている、熊本県の五木村の川辺ダムについて知事が白紙撤回するとの発言をしたということです。
    計画発表から40年以上、長い反対運動、多くの離村者、苦渋の受け入れ。現在、一戸を残して、代替地に引っ越しているということです。
    (この本の発行年、2000年の時点では代替地建設中とのことでした)

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