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教育基本法について
キョートット出版

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キョートットの本

ぼーっとしていたら本当に教育基本法がかわってしまいそうだ。
それでいいのか、この国は、と思う。

「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。」

現行の教育基本法はいい。なんといっても気持ちが入っている。その気持ちを思いながら読むと感動的で、泣ける。
わたしは、生まれも育ちも全くの左翼なのだが、教育基本法や9条には、右翼的に語ったほうがぴったりするところがある。
なんでしょう、一体感のようなもの、国民のようなもの、誇りのようなもの。
以下、教育基本法について、少々右翼的に語ってみます。

教育基本法は戦争が終わって、
憲法よりも先に、まだ日本の街が荒廃してたときに発効された、
法律というより、もう宣言で、
第一歩で、こういう国を新しくつくるという宣言だ。そこには解放感と希望がつまっている。戦争と軍国主義からの解放感。ぶっこわれたところから、まだ見ぬ新しいものをつくっていくという希望。
軍国主義を生んだのに教育の力が大きかったのだとしたら、
新しい国は、今までの教育をぶっこわしてこの新しい教育でいくという宣言、だ。

戦争は国民共通の体験だったとおもう。だからその解放感・希望・あと戦争はもう嫌だというのは、
多くの人が死にその中で生き残った、国民の共通の意識だったと思う。悲惨な戦争という共通の体験から生まれた共通の意識。そこが0地点。新しい国をつくっていこうという共通の意識の生まれた瞬間があった。それ以後、そんな国民の共通意識が生まれたことはないだろう。わたしも実際、国などどうでもいいと思っている。日本国民なんていわれると苦痛でしかない、私が、その0地点に思いをはせると、その思いにはリスペクトしてしまう。新しい国を作るという思い、それが読んで一番感じられるのはのは教育基本法だろう。泣いてしまう。
私が、日本国民であるということで誇りに思えるのは、この0地点、教育基本法や憲法9条しかない。

その0地点の思いに比べて、なんと、今の首相のいう美しい国というのは、なんですか、一人の頭の中の妄想でしかない。そして教育基本法改正案の読むにたえない薄汚い条文。薄汚いのはしょうがないでしょう、なんの気持ちも入っていないんだから。そして誰も改正案になんて興味をもっていない。だから、改正するなんて、無理、今の基本法の思いが気に入らないんだったら、いっそのこと、基本法を廃止したら、どうだろう、そのほうがはっきりする。私はとても教育基本法をきたない条文に改正するのは堪えられない。本当に本当に、当時の国民や戦争でなくなった人に失礼だと思う。
この感情は「憂国」という言葉に近い。

ただ私は左翼なので、(以下すこし左翼的に書いてみます、左翼的に考えると少しこんがらかってきます、)
0地点の気持ちはリスペクトするけど、国民の感情がひとつになるということが別にいいことだとは思わない。0地点で共通の感情が生まれたのはそれは戦争という大きな不幸があったらからだ。
戦争で得たものは9条だけだ、という言い方がある。そうだと思うのですが、すこしひっかかりもします。戦争で死んだひとは9条が生まれるために死んだのではない。一人一人の死にはそれぞれいろいろな思いがあるはず。それを簡単にいうことは出来ない。お前の死はお国のためだ、といえないように、二度と戦争をしないため、とはいえない。
ヒロシマのことを考える。ノーモアヒロシマ、もう二度と嫌だ、というのはヒロシマのリアルな感情だと思う。でもヒロシマ以外のひとはそれでいいのか。ヒロシマは謝罪されていない。アメリカが間違いだったとも悪かったともいっていない。反省されていない、ので核兵器は作られ続けている。いつまでもヒロシマはヒロシマのままだ。(核兵器廃絶の出発点はヒロシマ・ナガサキへの謝罪のはずだ。)
戦争が終わったとき、ちゃんと戦争の反省がされていなかったことは、未だにいろいろな問題が浮かび上がってくることからもわかる。死者を葬らうには、その反省が必要で、もう二度としないだけでは不十分かもしれない。
でも、もう二度と戦争は嫌だというのは本当にリアルな感情だったと思う。そして、二度と戦争をしない、というのは、弔われていない死者に対する最低限の礼儀だろう。
だから、9条や教育基本法は当時の国民の感情、何千万の戦争犠牲者にたいする思いが入っている。おいそれと改正できるものではない。そして、現在の私はそれを読むことで、その気持ちを思いかえすことができる。

当時戦争の反省がちゃんとされなかった、と書いたけど、教育基本法の中ではされている。軍国主義を生んだ教育勅語への徹底的な批判と反省がされている。

(要約)

二度と戦争をしない平和な国をつくるという思い、それが、
聞きならされたお題目に感じようとも、
終戦後に結集した輝ける理想で、本当に多くの犠牲の上に立った思いのこもった理想で、
その気持ちから、この国が新しくスタートした、その気持ちを
私は誇らしく思う。

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