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長居公園の芝居のこと
キョートット出版

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@kyototto
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キョートットの本

私がみたあの芝居についてはなにがあっても書かなくていけない。あんなすごいものをみたのですから。体験したのですから。感動したのですから。(それが報道されない、あれだけいた報道陣は何をあそこで見ていたのか! (神戸新聞などで芝居のことを丁寧に記事にした記者さんもあったようです。))

今、思い出しながら、書こうとしているのですが、
いい芝居だった!

長居公園に最後までのこった7人のうち5人がでていたお芝居。

2月5日、京都を朝5時に出て、ようやく明るくなった時間に長居公園に着いた。テントの住人、支援者、報道関係者がいったりきたりしている。明るい朝日の中、思ったより雰囲気は明るい。待つかんじ、それは「あれ」をなのだか、今から思うとそれより、多くの人(支援者、報道の人・カメラ、そして、テントを壊しにくる者たち)の前で自分たちの思いを表現する大舞台を、なのだった。そのポジティブさが明るさをよんでいたと思う。
ブルーシートで隠してあった、リングのような舞台があらわれた。そして、それを取り囲むように支援者が座り込む。テント村の住人達から、芝居を上演する、そしてそれを一番大事にしたい、だから、芝居を守って欲しいといわれていた。(だから、上演の邪魔になるようなら大声など出さないで欲しい。)
それはとてもわかりやすいことだった。例えば去年の靱公園の時は、住人が入っているテントを支援者が座り込んで守る、という形が真ん中で行われたのだが、それだと、住人自身の声より、支援者の声の方が大きくなってしまったきらいがあるのではないだろうか。
私自身は、当事者、支援者とあまりにはっきりわけるのには少し抵抗がある。なぜなら私の中にもこの代執行についてはちょっと当事者だという気持ちはある。だからその当事者の部分からでる表現があればしたい。しかし、この場所に対する思いはここに住んでいた人、深く関わった人のほうが全然大きい。その大きな思いから出る言葉が、ボリュームの大きいだけの言葉に消されてはいけないだろう。

大阪市の職員がやってきたようだ、柵をつくり、広くテント村を取り囲んでいるようだ。支援者の一部が帰れなどと叫んでいる。わたしもふらふらと端の方へ行って、歌など歌ったが相手にされない。たいてい私の表現は中途半端だ。
舞台の前まで戻ってくると、職員たちは近くまで迫っていて、トラメガで何か言っている、代執行が始まったようだ。
支援者の女性の元気のいい漫談から、芝居も始まる。
芝居はつづくが、職員がトラメガで同じ事(代執行を行うので退去しなさいみたいなこと)をくりかえしくりかえし、いっていてとても邪魔、あのトラメガを奪うことをもっと考えれば良かった。
友達、友達、友達、と叫びながら、
花マルの旗をたてた暴走自転車の、住人のsさん登場。
オレとお前は友達だろ、ちがうっていうかもしれねぇが、友達だ、こことそことはつながっている、そう地続きだ……
一回やって途中でつまり、もう一度繰り返す、みんな聞けとひろくまわりをみわたして、もう一度くりかえす。
チューリップの花をもって、花びら占いをしながら、
愛してる、愛してない、愛してる、愛してない、
住人のOさん登場。
そして手を大きく広げ、世界を愛してる、と叫ぶ。
でも世界には愛されているだろうか? と腕をくむ。
それらの言葉は支援者、前に立ち並ぶ市職員、警備員、柵の後ろにいる報道陣や見に来た人々に、そしてもう全世界に対していっているようだ。ここは今まさに世界の中心なのでは、そんな感じがした。
この芝居は、立ち退きを求められてからOさんの発案で、動き出したらしい。最初の上演が立ち退き期限の大晦日、だんだん代執行のときにこの芝居をやりたいとテント村の住民の中で気持ちがたまっていったのだという。次に急遽決まった1月21日のお祭りでもう一回上演して、これが3度目だ。その間ほぼ毎日練習していたという。
その練習の中でここでの生活、今までの人生からくる思いが表現として結晶していったにちがいない。
Iさん登場、最初のセリフ、まわりをみわたしてから、
「お母さん」と叫んだまま、涙があふれ、セリフがつづかない。
気持ちが伝わってきて、涙がうつってしまう。でも、なんとかせりふをつづけ、いい声で一曲うたう。
裏の方からテントは壊され始めているようだ。
住人のFさんは、ずっとテント村の桜の木としか話をしない静かめの役だったはずだけど、職員らに向かって叫びはじめている。ここでずっと撮影をしていたRさんも(前の公演のときはこの芝居に出演していた、今回は撮影に徹したのだろう。)興奮して舞台にとびのり、柵の向こうにいる報道陣に向かって、
「お前らおっちゃんの叫びを聞け、オレは2ヶ月ここにいて、ずっと撮ってきた、お前ら、おっちゃんらの叫びがわかるか? 撮れ、撮れ、どんどん撮れ、」と叫ぶ。
芝居はちゃんと続いていく。
「世界」や「主婦」「どこでも掘ってしまう人」なども登場する。支援者の演じる役が空間をつくっていき、住人たちの存在をつなげていく。
「あれ」が来るという。「あれ」とは直接には強制排除(行政代執行)のことに感じられる。現に今まさにここにきているのだから。(逆にいうたら、行政代執行(立ち並ぶ職員、テントを壊している警備員、テレビ、ヘリコプター……)を芝居の空間の中にとりこんでいるということ。これはすごいことではないか)
「あれ」は、とても手強く、なだめたり、おべっかをつかったりしてもやってくる。「あれ」とは何だろうか? 「世界」もいってしまう。
しかし、「あれ」のあとにも、そこにまたぽつりぽつり住人が現れる。「友達命」の花マルSさんをばかにしていた「カネ命」の若者Nは考えをかえたようだ、洗濯ばさみファッションをして、「大事なのは、形のないもの」、そしてみな、そこから旅立っていく。

そして、芝居はまた、最初から繰り返される。
お題をもらって答える漫談から、スタート。
もう、調理場だった大きなテントが壊されはじめているのがわかる。
「長居公園」というお題をもらって、一瞬、言葉につまる。
そして、大きな声で、「ここは、、大切な場所でした。……集まって、お茶を飲んだり、お酒を飲んだり、……」これを書きながら、思いだし涙がでてきます。

芝居をはなれ、壊されている方を見に行こうと思う。調理場のテントが本当に乱暴に壊され、ゴミのようにされ、どんどん運ばれていく。ドン、とつきあたられ、あぶないどけどけ、と怒鳴られる。(私は骨折のため、ギブスと松葉づえだった。)思わず、私は、
「あぶないのはそっちだろ、あー、あー」と叫びだしてしまう。
「こいつ、もう、つまみだせ」5、6人に身体をつかまれ運ばれる。あばれたいが自由がきかない。私はなにか叫んでいたと思う。
ぼん、と置かれたところが、STさんのテントのところ。自分のテントの中に入って抵抗すると言っていた人のところだ。
もう何もなくなってしまって、日だまりで日なたぼっこしているように見える。

気になるので、芝居のほうへ戻ろうとすると、Sさんが自分のテントに入って危ない、誰か止めて、という声が聞こえ、そちらに行こうとすると、また、こいつか、外出せ、という声が聞こえ、また4、5人がかりで運ばれ、柵の外へ。「障害者をもっと大事にせーや」と声がする。

柵の外は報道の人や見に来た人がいっぱいいる。柵の前に警備員が並んでいて中に入れないようにしている。
舞台の上には人がたくさん立っているが芝居は中断してるようだ。
舞台の上から下に座り込んでいる支援者にパンが配られているのが見える。
トラックの出入りのところからまた中に入ろうとするが、足の自由がきなかいこともあり、すぐに止められる。両側をはさまれ、単調に、
「でてください、でてください、でてください……」
といわれながら、中を見ていると涙が出てくる。うたが歌われる。また芝居が始まったようだ。でも、どんどん支援者が外へ出され、ついには舞台も壊される。
みんな追い出される。Sさんの持つ花マルの旗が見え、遠ざかっていく、それについて行こうかと思うが、うごけない。
すると、かくしゃくとしたかんじの杖をもった老人が現れた。中へ入れないように立ち並ぶ、職員の前で、
「ここは道だろ、オレを通せ、向こうに秘書のクルマを待たせている。」と大声でいいはじめた。
「こんな意味のないことして。オレは関のアホンダラのことはよー知っとる。君たち、あんな市長の言うこときーとったらあかんぞ。いいから、ここを通せ。」などと説教をはじめた。

代執行終わって、
二月とは思えないぽかぽか陽気の中、
あまり寝てないだろう支援者や住人たちは芝生で横になる。向かいのテント村のあったところはあとかたもなく片づけられ、フェンスが作られていく。最後にそこにシートがかけられていき、見えなくさせられていく。
午後になっても立ち去りがたいというかんじに、多くの人がそこに残ったままだった。
Iさんは一人、作業され、ついにはシートで囲われていくテント村の方を向いて、体育館づわりでずっと座ったままだった。とても声をかけられるかんじではなかった。

こんな形のおいだされ方はとてもせつない。そんな中あんな芝居があって本当によかった、と出演していた支援者の人にいうと、
「芝居をやっているときはよかった。中断しているときは本当につらかった。」と答えた。

(いちむらさんのブログにもこのことが書かれています。)
http://bluetent.exblog.jp/

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comments
  1. さっちゃん Says:

    TITLE: 恭平くんありがとう

    俺たちはもう何回、こんな光景に出会って、こんな光景に立ち向かわなきゃいけないんだろうね。

    長居公園のこと、気になってはいても何もできず、申し訳なかったです。

    あの日、俺は仙台にいて、ニュースの画面を必死に見ていたよ。Nちゃんが排除されるのが一瞬写って、あいつらはこんなことを何度繰り返す気なんだって、本当に腹が立ち、悔しくて、切なかった。でも同時に、京都のみんなが頑張ってくれているのが、とても嬉しかったよ。

    そのニュースの映像の最後で、テント村住民の方が「ただ、ただ悔しいです…」と一言だけ答えていて、この人が俺の友達の友達なんだって思ったの。俺は恭平くんや京都のみんなを通して、一緒に闘っている…とまではいかなくとも、少なくともテント村の人たちと繋がっているんだって思えて、不謹慎かも知れないけれど嬉しかったです。

  2. 小川恭平 Says:

    TITLE: お芝居の出だし

    さっちゃん、m-louisさん、こんにちは。

    この前、長居公園のことで集まりがあって、そこで、このお芝居の出だしのところについて、出演者に話をききました。やはり、私は、ふらふらと隅の方へ行って歌を歌っていたので、最初の部分を見逃していたのです。

    職員らが集まってくると、舞台の裏で、出演者はめいめい発声練習を始めた。するとそのみなの発声練習がいつのまにか一つの歌へと変わっていった。その歌は、長居に住んでテント村によくきてた歌うたいのNさんがここについて歌った歌。この歌を歌いながら舞台に上がろうということになって、舞台の上でみなで歌う。「好きでーす」(この歌の最後の言葉)
    そして、みな舞台からおり、
    Rさんの漫談から、芝居は始まる。「こんにちわー」

    この始まり方は、予定になかったことで、自然とそうなったということです。そして、このスタートができただけでもやってよかったと思えるくらいだったということです。

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    TITLE: ホームレスと闘わず、貧困と闘いましょう!by玲奈さん
    BLOG NAME: 言ノ葉工房
    憲法で「健康で文化的な最低限度の生活」を保障しているはずの美しい国がそれを保障するどころか奪うってどういうことよっ。こんな国ってほんとどうなのよっ追加キャンペーン!松本清張さんのブログ自公政権打倒のため

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    TITLE: 長居公園からの強制排除抗議行動ご報告(速報版)
    BLOG NAME: ブログ「旗旗」
    さて、抗議行動ですが、朝になって市の職員が集まりだしたところを見計らって、一番手前にあったテントの屋根(ブルーシート)がはがされはじめました。「野宿者が自分でテントを撤去しはじめたのか?」と言えば、さにあらず、なんと、シートの下からは、今まで隠されて?..

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    TITLE: 長居公園テント村跡地にて
    BLOG NAME: 谷中M類栖
    2月5日、大阪・長居公園のテント村が市の行政代執行によって強制撤去されている。 当日は各種報道番組などでも盛んに取り上…

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