ハン・ガン「少年が来る」
私の中学高校時代は80年代なのだが、ヘルメットをかぶったお兄さんから「韓国人民の軍事政権打倒の闘いに連帯しよう」のような感じのビラを受け取り、光州は民主化運動の土地として強く記憶に残っていた。
でも光州事件の内実をよく知らないまま、この年になってしまった。
10年ほど前、ソウルに行ったとき、食べ物がおいしいのは(光州のある)全羅道、あまり釜山・大邱の慶尚道はおいしくないと聞いたんだけど、釜山も充分おいしいのに、もっとおいしいのか、ということでも光州は気になっていた。
(ちなみに、日本語では同じ発音になってしまう、中国の杭州、広州にも行ったことあります。それぞれ、食べ物のおいしいいい街でした)
「少年が来る」は、光州事件について小説。
地の説明はなく、7人の視点からの描写や語りで構成されている。読み進めるにつれ、少しずつ状況がわかってくる。
暴力、死、拷問、状況は厳しいが、語りは扇情的ではなく、たんたんとしている。
美しく、優しさのある文章。匂い、音、空間が感じられ、心の動きが伝わってくる。
暴力、そして生き残った者。語りづらさを含め、感情が直に伝わる。登場する7人の独白、それぞれ胸をしめつけられる。
丁寧な聞き取りを元にして書かれたものだけれども、死んだ人の語りなどあり、決してドキュメンタリーではない。でも、伝わってくるのは非常にリアルだ。それは、石牟礼道子「苦海浄土」を思いだす。
年末、この本を持って、光州にいった。少しづつ読みすすめたせいか、長い時間その小説世界にいた。その空間にいた。
光州は、広島、南京などと同様、(市民の共通体験を元にした)都市の記憶をもつ街だ。現在の賑やかな様子と過去が二重写しになる。最後まで市民が残った県庁は、巨大で現代的な美術センターに立て替えられている。
でも、小説の冒頭描かれる尚武館や広場は残る。
その広場で衝撃的なシーン。ある兵士が人を踏みながら銃を撃つ。
小説のこの部分でいろいろなことが明らかになるのだが、そして私は、ここを韓国から帰る飛行機の中で読んでいたのだが、絶句した。人間の最悪といっていい嫌な面と、その経験から生き残った人の気持ちを考えないわけにはいかない。
「少年が来る」は様々な問いを投げかける小説だった。
本当にすばらしい小説だったが、それだけにかなりしんどい。帰っても、その小説世界が残り、どこか重い気分の正月となった。母が読みたいというので、本を置いてきた。なので、手元に本を置かずに、以上書きました。
繰り返すが、「少年が来る」はすばらしい小説だった。読んで芥川賞ぽいというか芥川賞くさいという印象を受ける小説があるが、これはノーベル賞ぽい小説だった。ハン・ガンさんのほかの本も読んでみたい。
* この小説は、暴力を受けた人の気持ちがどんどん飛び込んでくるので、トラウマなどある人は注意してほしい。
* 感動的な文大統統の光州での声明。
http://www.huffingtonpost.jp/2017/05/18/moon-jae-in_n_16694214.html
名誉の回復は本当に大切だ思う。でも「少年は来た」の読了感として、犠牲者、英霊という単純な言葉には違和感がある。この小説には「犠牲者にならないために残った」との言葉がある。一つの一つの死を英霊とひとくくりにしてよいのか。