「公園のいちむらさん」 小川てつオ(ホームレス)
いちむらさんは、なかなか不思議な力のある人なんですよ。
まだ公園に住みはじめる前から、よく遊びに来ては「ここで絵を描く会」をやりたいと言っていた。ぼくは、いいねぇ、なんて言いながら、ちょっと無理なんじゃないの、と思っていた。なぜかといえば、周りに住んでいるのはたいていは、中高年のおじさんたちで、絵を描いたり鑑賞したりするのとは、無縁に見えたから。その期は熟してないんじゃないの、と。
ぼくは、地味目にカフェを作り出し始めたのだけど、いちむらさんは、住みはじめたら、さっそく絵を描く会を開催した。続いて、女性のためのティーパーティを開いた。いちむらさんはどんどん行動していた。
絵の会の方はといえば、はじめればなんとかなるもので、ヒマな人の多いせいもあり、慣れない手つきで近所の人たちが絵をかきはじめた。ティーパーティが始まってから、テント村の中で女の人の存在が目立ちだした。その中でも、キクチさんはひときわ異彩を放っていた。
キクチさんは、朝はやく独特のだみ声で「オッハヨ」とやってきて、とても謎に満ちた料理を置いていった。カフェの掃除を勝手にやって、模様替えをした。ぼくは、少し困ったなと思ったのだが、いちむらさんがワクワクした顔でキクチさんのことを見ていることに気付き、ぼくもその面白みをまっすぐに感じれるようになった。
「公園にみさこ像をたてるべきだ」と言ったおじさんがいた。
「みさこさんには頭が上がらない」という人もいた。
しかし、ぼくは、いちむらさんがトボトボと公園を歩いている姿も、泣きながら歩いている姿も、知っている。ぼくだけではなく、それは公園の多くの人も知っている、と思う。
きっと、そういうことも含めて、いちむらさんの姿は公園に住む多くの人たちの気持ちの中にはっきりと存在している。大切にされている。だから、この本は、公園の中でも、おいしい水のように飲まれ、ひっそりと広がっていくだろう。