図書新聞1面に小川てつオ✕稲葉剛トーク採録

2025年11月に紀伊國屋新宿本店で開催された、小川てつオさんと稲葉剛さんのトークライブ。 その採録が図書新聞3722号の1〜2面に掲載されました。(同号はこちらから購入できます)
稲葉剛さんは、反貧困運動を第一線で支え、多数の本も著しながら、野宿者支援を出発点に、住まいや生活保護の獲得など、一貫して具体的な支援活動を行ってきました。一方、小川てつオさんは、22年にわたり公園のテント村で近隣の野宿者との生活を営む一方、野宿者排除に抗する活動を継続的に行ってきています。このようにホームレスをテーマに異なる立場で関わってきたお二人が「出会い直す」、本当に貴重な対談となったのです。
この対談を実現させる力となったのは、現代書館編集部の原島康晴さん。
原島さんは、稲葉さんの原点である新宿ダンボール村、当時の熱のこもった文章などを再録した『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために―野宿の人びととともに歩んだ20年』を編集するなど、稲葉さんを深く理解している人。そしてまた、小川てつオさんのブログ「ホームレス文化」に注目し、書籍化を目指した編集者でもある。それは一旦座礁はしましたが、その思いをキョートットが引き継ぎ、今回の新刊につながった背景があります。ぜひ原島さんのこちらの寄稿「ホームレス文化」は未来のあとにやってくるを読んでください。
二人を深く知る原島さんは、立場や方向性に違いはあれど、どうもその深いところでの共通性を見ているようなのでした。今回の司会は原島さんしかいない、わけです。
当日、京都から紀伊國屋新宿本店の控室に駆けつけると、原島さんは、今日は世紀の対談、僕にとってはジャイアント馬場とアントニオ猪木の対談みたいなものだと、興奮しています、、、
実際に対談が始まってみると、お二人とも飄々としたタイプではあるものの、稲葉さんは新刊『ホームレス文化』にたくさんの付箋をつけて読み込んでいるようだったし、てつオさんはとくに初期の稲葉さんの本を読み、聞いてみたいことがたくさんあると言います。
稲葉さんは『ホームレス文化』の感想を聞かれて、一番共感するところとして「テント村の永遠の相」を挙げました。それは、『ホームレス文化』のプロローグに置きたいと選んだも文章です、この本全体を象徴するものとして。てつオさん曰く「ずーっと続いている人間の暮らしの底みたいなものが、テント村の暮らしの中で見えてくるという感覚」を表してると言う。そして、稲葉さんは、新宿ダンボール村で同じような感覚があり、懐かしくなったと言うのです。
稲葉さんは、ブログ「ホームレス文化」が始まった当時、読んで反発を感じたとも語ります。でもしかし、この本のすごい理解者でもある。二人の対話を聞いているうちに、原島さんが世紀の対談という、その心ががすっと入ってきたのでした。
てつオさんは話します、「稲葉さんの本を読んで、今運動としてやっていることは、理念としてすべてここ(新宿ダンボール村)に出揃っている」、それでダンボール村について深く質問していきます。トーク会場が新宿ということもあり、新宿ダンボール村が立ち現れてくるようでした。
90年代、凍死寸前の野宿者のために救急車を呼んでも、病院をたらい回しにされて死んでいく現実、そんな中、新宿ダンボール村では人々が支え合っていた。稲葉さんは、路上文化に可能性をみる。しかし、ダンボール村で4人が亡くなる大きな火災があり、活動を、野宿者が一般社会へ戻る道を作っていく方向へと変えていく。
てつオさんのテント村との出会いも語られる。ブラジル人に連れられて行った、「公民館」まで存在するテント村の、その自生のコミュニティの存在に揺さぶられる。
稲葉さんのブログ「ホームレス文化」への反発というのは、東京都の「アパート移行事業」を巡ってでした。それは運動として行政と交渉して得た画期的な施策であり、稲葉さんは推進する側でした。しかし、てつオさんのいる公園では排除の論理も伴って実施され、それに抵抗するために書き始めたのが「ホームレス文化」という面があったのでした。
充実した内容の対談で、二人の出会い直しだったとして、でもこれからが本番というかんじもありました。この続きを渇望する気持ちでいます。(K)

