新刊刊行&倉庫落成記念 『300年』原画展 @キョートット【レポート2】

お話会(初日):案内役の藤本なほ子さん(左)と著者の小川さん

小川てつオ『このようなやり方で300年の人生を生きていく[新版] あたいの沖縄旅日記の刊行を記念した原画展(2023年5月20~22日)には、多くの方に足を運んでいただきました。

【レポート2】では、会期中開催したお話会についてお伝えします!

太田和成さんの話

 今回のイベントは、キョートットの倉庫落成を祝う意味も込めました。原画展の会場となったキョートットの倉庫スペースは、便利屋で大工の太田和成さんが、ほとんどひとりで土間からの改装工事を果たしてくれた空間です(詳しくは【レポート1】)。

 原画展初日、太田さんに工事の苦労話を語ってもらう時間も設けました。

 大工仕事を独学で学んだという太田さん。弟子入りのような従来の方法ではなく、出会った人から都度、発想や技術を吸収して、自分の方法を創り出してきたといいます。そのやり方は、それこそ『300年』が描く「このようなやり方」に通じるものでしょう。お話を聞きながら、太田さんの創った倉庫空間、そして太田さんという存在自体も、この原画展と共鳴しあっているように感じられました。

 さかのぼって工事期間中、キョートットの仕事場で机に向かう私の耳には、時折、土間で作業する太田さんのごきげんな口笛が聞こえてきました。口笛を吹きながら仕事をする‥‥とんでもなく素敵なことが、今、ここで、起こっている! ヒュウヒュ~♫という軽快な音符が耳に届くたび、私は嬉しくなって、心の中で小躍りしたものです。

 それを話題に出すと太田さんいわく「あのときはまだ工期に余裕があったから‥‥」。

 期日が迫るにつれ、さすがの太田さんも口笛を吹く余裕はなくなっていたとのこと。そういえば、最後の何週間かは聞こえてこなかったかも。

 ともあれ、キョートットに気持ちの良い風を吹かせてくれた太田さんなのでした!

太田和成さん

著者を囲んで

 初日と2日目、各日1回ずつ、著者小川てつオさんを囲んでのお話会も開催しました。案内役は著者の長年の友人で、会期前からキョートットに滞在中だったフリー編集者・藤本なほ子さんにお願いしました。

 『300年』は19歳の若者が主人公で、東京を飛び出し、似顔絵屋の看板を背負って沖縄を旅します。こんな<社会への踏み出し方>もあるのだと、学校や社会に息苦しさを感じている若い読者に本書を届けたい。その意味でも、藤本さんは案内役にぴったりです。藤本さんはこの春スタートしたシリーズ「あいだで考える」(創元社)で、10代をはじめとする若い読者を中心に据えた本作りにも取り組まれているからです。

2日目の様子:藤本さん(左)と小川さん

納谷衣美さんの装丁

 装丁・組版を手掛けてくださったのは、デザイナーの納谷衣美さん。
 
 表紙には、著者が新たに描いた、沖縄の海と島々をモチーフにした絵が使われました。白地の帯には、著者19歳の時の自画像が中央に入り、真っすぐこちらを見つめています。帯は縦の長さがあって、一見したところ、本体と一体化して見えますが、帯をとってみると、深い色合いの海が一面に広がり、点々と浮かぶ島々は、ピュンピュンと元気に泳ぎ回っているようです。

 最初、表紙は青一色に箔押しでタイトルを入れる予定でした。が、印刷所入稿直前、著者の絵に変更となったことにより、納谷さんは急遽、紙も選び直しました。

 この話を受けての藤本さんのコメントを最初に紹介します。(この場面は動画を撮り損ねたため、録音をもとに書き起こします)

藤本「表紙の手触りが、画用紙にクレヨンで描いたのを触ってるみたい。ちょっとマットで、手にクレヨンがつくんじゃないか、みたいな感じがあって、すごく生々しくて、生き生きしてる感じがあります。
 背表紙が手書き文字というのも、すごくいいなあと思う。見返しにも手書きの文字(19歳の日記原本から抜粋。クロッキー帳に蟻のような細かい字でびっしり書かれている)があって、非常に効いてると思います。
 ‥‥初版は著者の原稿と本づくりのあいだに<距離がとれてない>感じがいいんだけど、[新版]は納谷さんが入ることで、ひとつ、距離がとれている。クッキリ見えてくるところがありますね」
 
装丁の素晴らしさは、ぜひこの紹介動画でもご覧ください。
『このようなやり方で300年の人生を生きていく 新版』をめくる

藤本さんが語る『300年』

 さて、『300年』はかなりの重層構造をもっています。19歳の旅(1989~1990年)、10年後の再訪(2001年)、初版あとがき(2005年)、19歳の旅で出会ったゲロさんからの手紙(2005年)、そして新版(2023年)で新たに加えたボリュームある編注、新版あとがき。

 30年を超える長いスパンの中に、ひとりの若者の人生の深まりがあらわれ、そこに現在の著者の視線も重なります。

 藤本さんは、この物語の構造を解きほぐし、各章の魅力をていねいに紹介していきます。

動画1:藤本さんによる『300年』紹介(約3分)

 
 上の動画にあるコメントを少し書き起こしてみましょう。(一部、他の録音より補足)

藤本「初版とすごく違うのは、絵が途中カラーで、こう(まとまって)入ってくるんですね。日記を書いてるてつオ君の視点と、絵を描いてるてつオ君の視点が別々のものとして見えてくるんです。(19歳の日記では)言葉ではムチャクチャなことを言ってるんだけど、絵はやっぱり、すごくよく観察していて、あ、こんなふうに見ていたんだな、というのが追体験されて、てつオ君という一人の人間を感じる。
 ‥‥人間の奥行きが見えてくる感じがして、本当にいい本になっていると思います」

 「初版を読んだとき、10年後はすごく落ち着いていて、19歳のときの旅を相対化してる、みたいなイメージがあったんだけど、[新版]を読んで、10年後は10年後ですごい揺れているなあと。煮詰まってる感もありつつ、それも隠していないテキストになっている」‥‥

 今回、「10年後の沖縄」の章は、当時の日記・ブログ記事等からテキストが大幅に増補され、初版にはなかったスケッチも多数入りました。

 小川さんによると、20代はいろんな共同性を作ろうとしていた時代で、30歳になる頃はそれが一様に煮詰まっていたといいます。そんな状況での<出会い直しの旅>が、[新版]ではいっそう深みのある物語として立ち現われている。そこに「揺れ」をくみ取る藤本さんの言葉は、本書の新たな魅力に光を当てるものでしょう。

『300年』の旅をふりかえる

 藤本さんに続いて、小川さんも語ります。

動画2:19歳の旅の魅力(約2分)

小川「前知識とか予想も何もないところで、とりあえず現場に飛び込んで、そこで得たもので少しずつかたちを変えたりする‥‥それが19歳の旅のいいところ」

 言われてみれば、事前にネットで情報を調べ上げ、スマホ片手に「予定」に沿った旅をすることが、今は当たり前になっている。未知と出会い、自分を開いていく(あるいは開かざるを得ない)という旅の原点を、この本は思い出させてくれます。

 続いて「10年後の沖縄」の章について。増補にあたっての著者の思いも語られました。

動画3:10年後の旅の魅力(約7分)

野宿者との出会い

 小川さんは10年後の旅のあと、2003年から東京都内にある公園で暮らし始め、現在に至ります。野宿者への関心を育て、その後の生活へとつながった旅のエピソードへと話は展開します。

動画4:10年後の旅、そしてさまざまな野宿者との出会い(約7分)

訂正
 動画4のはじめ、小川さんのコメントに「(19歳の旅について)新宿の西口のこともあったはずだけど」とあります。が、小川さんから後日、「19歳の旅は1989年から1990年3月までのこと。新宿駅西口にダンボールハウス村が顕著になったのは、そのあとの1990年代前半なので、時系列に誤りがあった」と訂正がありました。

300年

 本のタイトルにある「300年」。参加者の方からの「なぜ300年なんですか?」という問いに、小川さんは記憶をたどります。

動画5:なぜ「300年」か?(約6分)

 動画冒頭の法然と親鸞の話は、『歎異抄』にある「たとい法然上人にすかされまいらせて、念仏して地獄に堕ちたりとも、さらに後悔すべからず候(法然上人は専修念仏、つまり念仏をひたすら唱えれば救われると説いたが、その言葉にだまされて、念仏して地獄に堕ちても、まったく後悔しないのだ)」を指します。

 「何をやってもしょうがない」と虚無的だった10代。それが「ならば、なんでもやってやろう」に反転する。なんでもやるには長い時間がかかるだろう、それで「300年」。その裏には、やりたいことをやるというのも一種の専修念仏みたいなもので、それをやっていった結果、どうしようもなくなったとしてもかまわない、300年という長いスパンを想定して、「だまされた!」と目を覚ますのを先延ばししようとする感覚もあった。――イベント終了後、動画5を見返した小川さんは、当時をそう振り返ります。

編注のこと

 19歳の日記には、ジェンダーやセクシャルマイノリティ等にかかわる差別的表現があり、新版では編注をつけました。

 次の動画では、著者と編集とで何度も話し合いを重ねた編注の作業について、振り返っています。途中、話に加わっているのは本書編集担当の小川恭平(キョートット出版)。

動画6:編注をめぐって(約8分)

沖縄について
 2日目のお話会では、小川恭平が沖縄のことに言及しました。
 本土と沖縄の不均衡や差別構造について、当時、あまり意識をもっていなかった本土からの若者の姿は、沖縄の人にどう映ったか‥‥? [新版]あとがきにおいて、著者自身もその点に触れています。『300年』を、あらためて沖縄の読者に届けることの中には、怖さと逡巡があると小川恭平は言います。
 このことについては、あらためて稿を起こす予定です。

猫メンバー・ノワさん、初日の接客を終えて

次回、原画展レポート3は‥‥
小川てつオ、伝説の似顔絵屋がよみがえる!
どうぞお楽しみに!!

報告:石田光枝(キョートット出版メンバー)