彷徨に期待するヨ。(小川てつオ、2001)

(キョートット出版2001年発行、家族雑誌「彷徨」1号より。彷徨は 楡井耀三の小説「死の中」の連載を中心にした文芸誌、4号まで、発行されたました。回し読み雑誌だったため、それぞれ10部程度しか刷られていません。)

彷徨というのは、さまよい歩くということだ、つまりは行き当たりばったりの雑誌なんだと思う。この雑誌は、家族4人が執筆者だ。これは、恭平のアイデアなのだけど、なかなかの名プロデューサーぶりだと思う。恭平は的確なタイミングに的確な提案をするところがある。でも、それが長続きしない。長続きさせてもらいたいと思う。

父親が、20代半ばに構想し、70代半ばにして未だ稿を暖めている「死の中」(仮題)は、死を巡る小説だ。わざわざ、年齢を記したのは、ぼくにとっても20代半ばというのは、大きな転回期だったな、と思っているからだ。今も続くそれが、どのような転回で、どんな意味を持つのか、を考えていくことが、この小説にぼくが係わる課題の中心だと思っている。

これまでぼくは、死についてよく考えてきたとは言えない。それは、ぼくにとっては大した問題ではなかったからだ。でも、急いで言い足せば、これからのぼくにとっては大きな問題になると思う。死がたいして問題ではないのは、「根拠」というものがないのがぼくにとって自明のことだったからだ。根拠とは、生きる意味であり、その意味を与える社会の必然性である。そして、そういう人は「死の中」にいる。なぜなら、「死の中」とは、社会不適応者が、不適応の度合いによって感じる不全感だからだ。つまり、「死の中」にいる人にとって、死はどうでもいいことが多い。この小説は、そのような意識においての死が、肉体の死に先立つようにして描かれている。主人公は、肉体を持て余しそれをどう捨てようかと彷徨するのである。(註1)

この不全感というものをどうしたらいいだろう? 一つには、この不全感が芸術家を生む。近代的芸術の内的必然性とはそういうものだろう。芸術は、その社会の通常のコミュニケイションが出来ない人(あるいは物足りない人)の独自なコミュニケイションといえる。そうすることによって自分の独自な居場所をつくるのだ。しかし、そこに根拠を与えてしまっては、今度は芸術の原動力を失う。そして、芸術は、芸術家を「死の中」へと連れ戻す。今となっては大時代的なこの芸術の罠は、ぼくにとっても実は切実であった。

父親は、「死の中」を書くことによって、生きようとし、それが出来ないことによって「死の中」に居続けたのだと思う。そして、生きつづけたという現実によって「死の中」から顔をだして、今このような作業にぼくたちも加わることになったのだと思う。ぼくは70代という年齢をそのようなものとして感じる。(註2)

それがどのような形になるのか分からないが、ぼくと恭平にさらに母親も加えた、共同製作の場所が出来たことになる。父親の「死の中」には、ぼくたち3人の存在は影もない。夫婦・家族という経験が反映されていないのである。それらは、父親に根拠を与えなかったのではないだろうか。バラバラに暮らしている僕たちが、お互いについて新たに思い、この小さな雑誌の上で「家族」になるならそれはスリリングなことだろう。(註3)
だから、この作り方そのものが父親の死の中を相対化してしまうかもしれない。そのような緊張感が小説にいい影響を与えることになればいいなと思う。

だれもが、それぞれの「死の中」にいて、それぞれ生に向かおうとしている、おそらくその姿に「彷徨」で出会えると思う。

註1 「死の中」の際においてこそ、肉体が違和として異様なものとして立ち現れるのではないだろうか。「死んでいるのに生きているのはどうしてだ?」 肉体(自然)は意識が統御できるものではなく、そこから意識が生まれてきたものである、という当たり前の事に気づく、死ぬ前の風景が異様に美しいと言われるのはそのためではないだろうか。キアロタスミの「桜桃の味」で自殺者が見上げる夕焼けのように。

註2 ここ最近70代の面白い人に何人か会った。生田の自然を守る会の酒井博さんや、ユートピアたんけんノートの川口弘さんなど。いやり新聞(石垣の家族新聞)の那根武さんは90歳を越えていたな。なんか自由な感じ。

註3 転回期を経たぼくが関心があるのは、個人制作とは違う共同製作であり、誰かのための作品であり、肯定できるような共同体のようなものである。また、さらに空き地のような生命に触れること。

彷徨に期待するヨ。(小川てつオ、2001)” に対して1件のコメントがあります。

  1. 小川てつお より:

    読み返すと、父親や父親の小説について、かなり、言いたいことが言えている、文章だなぁ、とわれながらに思った。2001年ということは、もう6年前か。ぼくが30歳か。

    ともかく「死の中」にいた父親が、その生きてきたという現実の重さによって凌駕されて、ちがう生の地平に移行していく(いた)んじゃないか、ということに興味がある。(理念みたいなものが負けていくという一面もあるとしたら、転向、という言葉とつながるのかもしれない。)

    「死の中」は父親にとって、書き上げることが出来ない作品で(なぜなら、その作品を書くことが生の意味で、それを書き終えたら生の意味がなくなってしまうから。だから、ずっと「死の中」にいるまま、それが持続するが、ある時、生の意味は、実際の生、に比べて、ずっと小さなものにすぎない、という気づきがやってくる。(それがどういう形でくるか、ゆっくりか、急にか、何かを契機にか、そういうことも興味がある)。その気づきがやってくるならば、今度は「死の中」を完成させるという動機がうすれてしまう。作品を完成させなくては、という圧力の中では、その気づきを回避しようとするかもしれない。そうすると、生の意味、と生は、ますます葛藤する)、ぼくにとって父親は作品を完成させることが出来なかった人で、そのことを理解すること、肯定的に考える道筋をつけること、それが、父親と病院にいる最後の一ヶ月に思いはじめていたことで、そのことと外的な意識もなくただ肉体は生きようとしている父親の状態を肯定的にとらえることとは、どこかつながっていることに思っていた。

    (本文中の「そのような意識においての死」という言い方は、自己意識、または認識、という言葉の方が、正確かなと思う。)

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