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S/N 1995 京都
キョートット出版

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キョートットの本

1/11、京都精華大学で、S/N について語られなかったこと、というイベントがありました。

1995年、ダムタイプがS/Nというパフォーマンスを行います。
なんで私は当時S/Nを見ていないのだろう。当時、あの(あのとしかよべないかんじの)95年頃の京都、S/Nの話で持ちきりだった。

高嶺格さんの語る感覚的な、でもとても正確な言葉。
幸せ
頭からピーとなんか出てた
からっぽ

高嶺さんが、あの作品は、幸せの作品だった(だったけかな)、と言ったとき、会場は一瞬きょとんとしました。
でも、世界を幸せにする、みんな頭からピーとなんか出てた、つながっていくかんじ、そういう高嶺さんの言葉を聞いていくうち、私はあの頃の感覚を強烈に思い出しました。

95年頃の京都。
APP(エイズポスタープロジェクト)、阪神大震災(ボランティア元年)、アートスケープ、ウィークエンドカフェ、オムニバス、ギャラリーそわか、ウーマンズダイアリー、メトロ、ファミリー、きんじハウス、サウンドデモ、、、

いろいろなものが生まれ、それが人々をどんどんつなげていくかんじ。
ゲイ、セックスワーカーその他のいろいろリブが生まれ、表現とからまり、パフォーマンス、ダンス、詩、
、、新しい社会というか、人と人の生きて生き方みたいなものを新しく自分たちでつくっていっている、みたいな、手応えがありました、このかんじが広がっていけば世界は幸せになるだろう、のような。その中心にあったのがダムタイプのS/Nという作品だったんだろう、と思います。
私は、その周辺にいたんだろう(どこにでも顔を出すかんじの)けれど、同じ空気はすっていて、きんじハウスも同じ空気の中にあったんだろうし、居候ライフというのもその空気の中で生まれたんだと思う。
(私にとってもとても大きなものだった95年・京都についてはまた書きます。)

世界に対して表現すること、について。(長いS/Nについての話の中で、この話にはならなかった)

ダムタイプは海外で先にやってそれを京都にもってくるみたいなことをしていた、それと同時にメンバーや関係者は京都でイベントをやったりコミュニティーをつくったり、それでか、ここ京都・左京区に
ここは世界だという感覚があったように思うのです。

どこでもその土地であり、また世界である。それを感じて生きていく、表現していくこと。
つまり、
ローカルに生きていながら、世界に生きている感覚を持つこと。
ローカルに表現しながら、世界に対して表現すること。
ブブさん、高嶺さん、がやっていっていること。同じ空気をすったのではと思う、島袋道浩、山下残、野村誠、がやっていっていること。
そう、ここにいる私にも言ってくれてるし、同時に世界のみんなにも言っているような作品。

(高嶺さんがあとで、やっててあの感じにならないかなと思ったりもするけど、なかなかならないね、と言っていました。私も、2000年に東京から京都に戻ってきて、キョートットを始めようと思ったとき、求めていたのはあの空気だったんだな、と思い当たりました。)

(ブブさんと話して、閉鎖的だと言われたりもした、とのこと。
空気、感覚というものがもつ閉鎖性、関わらなければわからないだろう、みたいなことだろうか。この文章を書きながら、この文章が排他的になってはいないだろうか、考えます。
だいたいこのイベントには、S/Nという作品を何かを体験しないとわからないみたいな特権的なことから救おうという意図もあったのでしょうから。
実際、S/Nには、そんなものを越えていく、作品としての力があったのですから。
ブブ「個人が作品から解放されるべき、作品から個人が解放されるべき。」)

(私にとってあの感覚や空気をどこか大事に持ちつづけているなとは思います。そして、それは伝わったりうつっていったりもするかもとも思うのです。)

ここで、まとめに入ります。
キョートット出版も、幸せと世界、
つまり、
ちっちゃくてとてもローカルながら、

幸せにするものを作っていきたい。
世界に対して表現していきたい。

(新年の抱負っぽくなりました。)

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comments
  1. ひっぴぃ ♪♪ Says:

    う〜ん、、、、

    >その中心にあったのがダムタイプのS/Nという作品だったんだろう、と思います

    この認識は、

    1:まず、これは事実とは異なる
    2:このような認識の仕方こそが、恭平の言う「95年頃の京都」の豊かさをないがしろにするものである

    と思います。
    これは、社会的な権力者の位置から、物事を俯瞰的に見る、旧来型の物の見方だと思います。

    わたしもいろんな事をしてきましたが、その中で大きなことの一つが、このような↑物の見方と、このような権力関係に基づいたコミュニティーや組織のあり方、人間関係のあり方に異議を唱えることです。
    同様のことは、古橋悌二さんを中心にしてものを言ったり、私的な小さな場でしかないアートスケープを京都の何かの中心だと認識したりする人達にも見られますし、組織的には「セックスワークの非犯罪化」を求めた「ウニドス」の間違った組織方針として現れました。
    ブブさんとは何度かお話しする機会があり、最低限の認識が共有されているのではと思っていますが、「閉鎖的」というのはおそらく(部分的には)そのようなことを指してもいると思います。
    http://barairo.net/works/index.php?p=61

    例えば、「アートスケープは私的な小さな場でしかなかった」「ダムタイプは数人の一つの表現者集団でしかなかった」と認識/表象することが、どうしてそれらの価値を小さく見ることと繋がりうるのでしょうか。
    全てのものは「沢山あるうちの一つ」以上のものではないです。
    「中心である」ということに、ことさら価値を付与するような権威主義・権力主義みたいな事は、もう止めにしましょうよ。

  2. 小川恭平 Says:

    ひっぴぃ♪♪さん、コメントありがとうございます。

    書かれていること、わかります。
    95年頃のリブといえば、ひっぴぃ♪♪さんが関わっていたプロジェクトPも非常に大きなこととしてありました。(個人的には、ドイツのアウトノーメ運動を紹介してもらったのも大きなことでした。)
    そのほか、私が知る限りでも、テント芝居、手作りロックフェス、同志社学友会の人たち、オオヤミノルさんたち、いろいろあったな、と思うのです。いろいろあるのは、今も一緒だと思います。ただそれが人も重なりながら、つながっていくかんじがあった。
    でも基本的にはそれぞれ自分の持ち場でやっていたわけで、たしかに、中心といったものがあったわけではないと思います。

    ひっぴぃ♪♪さんのコメントを読んで、私が「S/Nが中心」ということの中で、どういうことを言いたかったかもう一度考えてみました。

    S/Nが中心というのは、それがある種の構造の中心という意味というより、そこに可能性のエッセンスがあったのでは、ということでもあります。可能性とは、世界に対して表現すること、ではなかったか。
    それは、世界に対してオープンにすること、でもあった。
    S/Nは、個人的とも思える語りもありながら、とてもフリーでオープンな表現だった。そこには閉鎖性はない。

    そういう表現をしていこうとする人たちを、よくわからないながらも私はたぶん魅力的に感じていて、でも私はその中にはいない、ということで、中心と周辺みたいな書き方をしてしまったのではないだろうか。(この辺の話になるとひっぴぃ♪♪さんの書かれた話とつながってきます。)
    とにかく、「S/Nが中心」というのは不適切な言い方だったと認めます。

    世界に対して表現すること、これは私のかなり感覚的な言い方かもしれません。
    1995年、島袋道浩さんが神戸でしていたこと、非常にローカルなのだけど、それは世界に対して表現しているかんじがした。
    2007年、大阪長居公園の強制排除のときに行われた芝居、それも世界に対して表現しているかんじがした。
    そして、いちむらみさこさんの表現も。
    (この話はまた書いてみたいと思います。)

  3. 小川恭平 Says:

    少し訂正。
    世界に対して表現する、という言い方より、
    世界を前に表現する、という言い方の方がぴったりです。

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